院長ブログ

待合室絵画のご紹介 ピカソ

Date:2021.07.08

こんにちは 院長の瀨田浩之です。

待合室絵画をご紹介します♪
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作者名:ピカソ – Pablo Ruiz PICASSO
作品名:「船を持つ少女」

1881年 10月スペイン、マラガに生まれる。父を師とする。

1897年 首都マドリードのサン・フェルナルド王位アカデミーに入学したが間もなく 退学。世紀末バルセロナのモデルニスモの運動に身を投じる。

1900年 パリに行きトゥルーズ・ロートレックの影響を強く受ける。

1901年 ”青の時代を開始し、パリとバルセロナを何度か往復する。この青の時代は一つの表現主義的象徴主義で、スペインのゴシック芸術およびエル・グレコからの直接的影響が顕著であり、主題の表現は壮絶である。

1904年 パリのバトー=ラヴォワール(洗濯船)に定住。

1905年 ”バラの時代に入り、青の時代の厳しさを和らげ、旅芸人やサーカスを主題に描く。

1906年 古典主義的傾向に移行する。

1907年 20世紀絵画の出発点とされる『アヴィニョンの女たち』(ニューヨーク近代美術館)を描く。

1908年 ブラックとともにセザンヌの芸術に暗示を受けてキュウビズムを創始し、三次元的現実の概念を二次元的絵画に翻訳する『概念のリアリズム』の造形的研究を開始する。

1921年 『三人の音楽師』(ニューヨーク近代美術館、フィラデルフィア美術館)において分析的および総合的階を経てその探求の完結を見る。

1924年 コクトー(Jean Cocteau,1889-1963)の『バラード』を手始めにディアーギレフを団長とするバレイ・リュッスの装置や衣装のデザインに協力する。その後はキュビズムによる対象解体および再構成のイディオムを借り、また第一次大戦中から行っていた新古典的主題の両方からシュルレアリズムに近づく。

1937年 『ゲルニカ』(プラド美術館)は最大の傑作の一つである。第二次大戦中は人間性の危機感を作品に反映して描いたが、戦後は様式や形式にとらわれない自由な制作を続けた。

1944年 マネの『草上の食事』など過去の巨匠たちの絵画を改作した作品をしばしば描く。

1953年 この年より晩年まで、版画や素描を中心に自己表現的な『画家とモデル』のテーマに集中し、版画の『347シリーズ』等多くの作品を生んだ。

1955年 南フランスの陶芸の街、ヴァロリスに移り住む。

1958年 エクス=アン=プロヴァンスに買ったヴォーヴナルグ城とヴァロリスを往復した生活をする。

1973年 48日南フランス、ムージャンの別荘で逝去。享年91歳。

今回の作品「船を持つ少女」は、1938年に制作された油彩作品を元にしたリトグラフです。
様式はシュルレアリスムとされ、モチーフはピカソの娘、マヤ・ピカソだといわれています。

苦痛や残酷性をテーマにすることが多いピカソですが、本作品は極めて日常的な明るい作品であると思われます。
この絵のテーマは、子供の無邪気さ。
ピカソといえば、思春期の少女や大人の女性を中心に描いていたが、本作は「子供」が主題となっています。
思春期以前の世界のまだ苦悩のない大きな目のおさげ髪の少女がおもちゃの船で遊んでいる絵です。

是非、ご覧ください!

最後までお読みいただき誠にありがとうございました^_^

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